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ストラヴィンスキー・トリプル・ビル

現代バレエで見る、ストラヴィンスキーの音楽

 

20世紀を代表する音楽家のイーゴリ・ストラヴィンスキーは、音楽の世界のみならずダンスと音楽の関係を一転させた作曲家としても有名です。
振付家の試金石と言われる『春の祭典』を始め、多様な振付家との共同制作を通して数々の名曲を生みだし、世界中のアーティストに多大な影響を与えてきました。

本公演では、ストラヴィンスキーが舞台用に作曲した音楽『火の鳥』、『春の祭典』、『兵士の物語』に世界的な振付家が挑むことで誕生した3つのダンス作品を上演します。
日本を代表するバレエダンサーに加え、海外からのゲストダンサーも参加斬新な振付による舞台を、最高のダンサーによってお届けします。

 


 

イーゴリ・ストラヴィンスキー

イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882~1971年)は、20 世紀を代表するロシアの作曲家、指揮者、ピアニストとしても知られる音楽家。
1882年6月17日、ロシア帝国のサンクトペテルブルグに生まれる。大学で法律を学んでいたが、在学中に作曲家を目指すようになり、作曲家ニコライ・リムスキー=コルサコフの子息の紹介を受け、コルサコフに師事。作曲と管弦楽について学んだ。
1908年、自作曲の交響的幻想曲『花火』がロシア・バレエ団によって初演された。これが認められ、1910年、28 歳の時にディアギレフからの依頼を受けて、「火の鳥」を作曲。この「火の鳥」はパリ公演で大成功を収め、ヨーロッパでは全く無名だったストラヴィンスキーは一躍、有名作曲家の仲間入りをすることとなる。以降『ペトルーシュカ』(1911年)、『春の祭典』(1913年)などのバレエ代表作を発表。原始主義と呼ばれる作風を確立した。

1914年、第一次世界大戦の戦火を避けるためスイスに移住。1918年『兵士の物語』初演。戦争で予算削減のため、7人の演奏家による楽曲。
1920年発表の『プルチネルラ』から第二次世界大戦終結までは新古典主義に傾倒し、伝統的なクラシックに作風を変えていった。
1939年、ヨーロッパを離れアメリカに亡命。第二次世界大戦後は、十二音技法を用いた『ピアノとオーケストラのためのムーブメンツ』などを作曲。

ストラヴィンスキーは常に変貌し続け、年齢を重ねるにつれ若返るかのごとく作風を変化させ、老年に至るまで精力的に創作活動を続けた。ストラヴィンスキーの 20 世紀のバレエへの影響力は計り知れず、もしストラヴィンスキーの音楽がなければ 20 世紀のバレエは存在しなかったとすら言われる。
1971年4月6日ニューヨークにて没。89歳。